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ペンギンダンス

趣味はインターネットと占い。

赤ちゃんとセックス

3か月になる赤ちゃんと生活している。

このころの赤ちゃんは、ようやく人の顔を見て感情とともに笑顔をつくるようになる。わたしの顔を見た赤ちゃんが、その小さな目を自分の意思でほそめるのだ。これ以上の喜びをわたしは知らない。
赤ちゃん自身は起き上がることはもちろん、まだ座った姿勢を維持するともできないので、大体が寝ころんだ赤ちゃんを上から見下ろすような格好でお互いの顔をみつめ、微笑みあうのが主なコミュニケーション方法だ。なんと平和な時代だろう。

子供を持つだいぶ前に、日本人女性のあえぎ声は、赤ちゃんの声に似ているとなにかで読んだ。あー、とも、ふーん、ともつかない喃語でこちらを誘惑する赤ちゃん。
たしかに赤ちゃんの声は、とても魅力的だ。小さな口からこぼれるあの柔らかい声を聞くと、興奮することこそないが、なんとも言えない幸福感に、わたしは胸がいっぱいになる。その赤ちゃんの声を知ってか知らずか真似てセックスに使うのは、相手の男のためではなく女自身のためなんじゃないだろうかと思うほどだ。

毎日毎日、休むことなくほぼ三時間おきに赤ちゃんはおっぱいを吸う。赤ちゃんが身近にいなければこんなにおっぱいという言葉を日常で発することがあっただろうか?それまでは口にするのも恥ずかしい言葉だったおっぱい。おっぱい痛くないですか?おっぱいちょっと見ますね、おっぱいの調子はどうですか?挙げ句のはてに見知らぬおばあさんから、ミルクですか、それともおっぱいですか?出産した産院で、産後の助産師訪問で、健診で、外出先で、何度も何度も見聞きするうちに、わたしの中ですっかりおっぱいは男から切り離された。
母乳を飲むことをおっぱいを飲むというが、産後を機におっぱい=母乳を排出する器官に変えられたわたしは、赤ちゃんにおっぱいをやる。赤ちゃんが必死におっぱいを吸うたびに、わたしの体からはホルモンが出るらしい。オキシトシンという乳汁を分泌させるホルモンは、オーガズムを迎えたときに最も多く出るホルモンだという。毎日毎日三時間おきに、オーガズムを迎えたときと同じホルモンが分泌されているわたし。そりゃあセックスに興味がなくなるわけだと妙に納得した。

うちは添い寝なので、常に赤ちゃんが横に寝ている。狭く部屋数も足りないマンション住まいなので、みんなでそこに寝るしかない。赤ちゃんが横にいる。顔にふとんがかからないように、でも寒くないように赤ちゃんを包む。夜中にごそごそ音をたてなくてすむように、おむつのストックや母乳の吐き戻しに備えてガーゼのハンカチも枕元に準備して、そうして赤ちゃんが横にいる。
今日何度目かわからない授乳を終えて、赤ちゃんがやっと寝付いた頃に夫がそっと帰ってくる。申し訳なさそうにリビングの明かりがつき、着替えて、何か飲む音がする。わたしはとっさに寝たフリをする。いつも罪悪感は、少しだけある。